La vie au Gabon

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気がつけば2010年もあと5日。
忘年会がないから、年末な気がしないっ!
枝豆が、れんとが、恋しいよぉ・・・。

ブログで振り返るにはあまりに変化の多い一年だったけど・・・

会社を休職して、協力隊どっぷりの生活になって
2010年はとにかくよく泣いた!!
7:3くらいの比率で辛かったり、淋しかったり、
悔しかったりってことのほうが多いけど、
それでもこの道を選んで良かった。

背中を押してくれた家族や応援してくれた友人、
そして休職を認めてくれた会社の皆さんに改めて感謝しています。


2011年の目標。
それは、のろまな亀になること(笑)
私は器用な人間でも要領のいい人間でもないから
一歩ずつ、人一倍努力のできる人になりたい。

年越しは首都に上がって過ごすことに決定★
ちょうど男の子たちも年始のウガンダ研修に向けて上京するし、
半年ぶりの同期大集合です♪♪

所長の漬けた大根のお漬物が食べたい!!

では皆さん、良いお年を♪
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2010.12.27 / Top↑
今週の火曜日から今日まで3日間のスケジュールで
オグエ・ロロ州でエイズ対策に関わる人たちを対象とした
アトリエが開かれています。
私もドクターにお願いして全日程参加させてもらっています。

内容は2008~2012年の国家エイズ対策5カ年計画と
それに付随するプロジェクトの内容の説明、
それからオグエ・ロロ州における啓発活動の実態とCTAの機能の発表など。
もちろん全部フランス語だからどこまで理解できるか心配だったけど、
HIVに関する内容だと予想もつくから思ったより理解できています。

昨日のアトリエはグループワークもありました。
5カ年計画に基づいたプロジェクトの活動計画から
オグエ・ロロ州における実際のアクションプランを考えるというもの。
フランス語力のせいで私の発言力はめっちゃ弱く、私が何か言っても
全部言い切る前に他の人がかぶせきて乗っ取られるという状態。
あぁ、情けない。せっかく「外国人」の立場から意見を言えるチャンスなのに。

IMG_0323s-.jpg
↑ディスカッションの様子


こんな感じだったので、ほとんどは聞いている立場になってしまったわけだけど、
それはそれで、ガボン人の考えていることとかわかって意義はありました。
その中で私が感じたのは、
「目先のことや物的資源ばかりを求めている」ということです。
せっかく、かなり大きな予算もついているプロジェクトのアクションプランを
中央の人に提案できるチャンスなんだから
「啓発活動をするためにプロジェクターやビデオやDVD、テレビが必要」
なんて、そんなことでいいの!?と。
もちろん、啓発活動は必要だけどさ、今回はそこじゃないでしょ!

私としては母子感染予防対策を強化するために、
半年か1年に一度、CTAとSMI*で合同の母子感染予防対策会議をするって
いいアイデアだと思ったんだけどな。ARVの配布だってできるし。
プロジェクトの活動計画にも合致しているし。
こりゃ、ドクターに個人的に提案するしかない。

今回のアトリエは参加するだけじゃなくて、運営のほうも手伝っていて
朝は7時に職場に行って18時か19時にくらいに終了。
帰ってからも1月のカンファレンスの準備をしたり、
3か月前じゃ考えられない生活を送っています。
おかげで今日はお化粧してくるのを忘れました(笑)
でも本当に、優秀で熱心なドクターが来てくれてよかった。

そんなこんなで気づけば明日はクリスマス・イブですね。
ガボン人の友達に夜、教会に連れて行ってもらう予定だけど、
明日は軍人への啓発活動&抗体検査の予定だから
果たして行けるかどうか・・・。

素敵なクリスマスを★


*SMI:母子保健センター
妊婦健診や新生児健診を行うところ。
オグエ・ロロ州内に5ヶ所のSMIがあり、
基本的に妊婦は全員SMIに通うことになっている。
SMIによってHIV抗体検査をしているところもある。
国の戦略としては、CTAからSMIに母子感染予防のための
ARV(抗HIV薬)を配布することになっているが、
実際は配布されていないことが多く、母子感染例もかなり多い。
HIVポジティブの妊婦でARVを服用しているのはたったの25.7%。
2010.12.23 / Top↑
この子、ホントにすごい!!
野菜や肉とか魚とか入れて味付けしてレンジでチンするだけで
めっちゃおいしいご飯が作れちゃうんです★
ケーキだって、5分で作れちゃう!!
しかもね、お皿に盛らないでそのまま食べられるし♪

昨日はタンドリーチキン作りました。
野菜切って、ニンニクと塩コショウで下味つけた手羽を入れて
カレー粉とトマトペーストで作ったタレをかけてレンジでチン。
レンチンと蒸らしの時間を含めても所要時間20分の手抜き料理。
タンドリーチキンs-


初めての一人暮らしで料理キャラでもない私が
果たしてちゃんと食べていけるのかと心配した会社の同期がくれました。
ガボンでも無事、電子レンジをゲットして大活躍してるよ★
日本の皆さまにもオススメです!


あー、餃子の王将食べたい・・・。
2010.12.20 / Top↑
日曜日のこと。
家で映画を見ていたら、いつもお世話になっているママから電話が。
「今日はヤヤの誕生日だから、うちに来なさい」

何かプレゼントを、と考えたけど何もなかったから
とりあえずビスケットだけ買ってお家に駆けつけました。
家からは大音量で音楽が。
入ってみると、もう子どもたちは踊ってる。さすがアフリカ★
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そして、私の姿を見つけると
「ジュンコ~!」と言って次々に飛びついてくる。
かわいい奴らです。
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主役のヤヤとママ。
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2歳になりました★
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半年前のヤヤ。
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この頃は「ママン」としか言えず、しょっちゅう泣いてました。


その後、割礼をして「男」となり、
最近では「ジュンコ」って名前を呼んでくれるようになりました。
たまに「ウ○コ」って言われるけど(笑)

どんどん大きくなって、口数も多くなって、
私が帰る頃にはどんな子どもになっているんだろう。

お誕生日おめでとう、ヤヤ
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2010.12.15 / Top↑
今日、12月1日は世界エイズデー。
きっと、世界各国で海然メンバーがそれぞれ頑張ってるよね。
VIVA海然!!!!

そういう私はと言うと、現在HIV抗体検査の試薬がないため
今日のイベントは延期されました。
しかも、現在ドクターが首都に行っているため同僚はやる気がなく、
朝8時に職場に行ってみると、だーれもいませんでした。
ホントに期待を裏切ってくれるぜ、ガボン人!!

でも、試薬が来たら次のようなイベントをする予定。
・町中でのHIV無料抗体検査
・陽性者を対象とした無料診察
・HIVに関するカンファレンス開催
 テーマ:HIVと人権、若者の性
・バーの集まる場所での夜のHIV無料抗体検査
・現地語での陽性者手記のラジオ放送
そしてすべてのイベントでコンドームの無料配布と
HIVに関する情報をまとめたチラシを配る予定。

私はチラシを作ったり、カンファレンスの内容考えたり
陽性者手記を集めたりしているんだけど、
今日は今まで私が集めた陽性者手記を掲載したいと思います。
私の翻訳だから、間違ってるところあればごめんなさい。


◆34歳/女性◆
Je suis séropositive.
J’ai fait mon test sans pourtant être malade.
J’avais un bébé de 3 mois.
Vous savez, pour accepter mon statut c’était très difficile.
J’ai commencé par l’assistante sociale qui m’a donné des conseils
et j’ai fini par accepter mon statut.
Mais mon bébé décéda 3 mois plus tard.
Aussi au bout de 6 mois, j’ai été mise sous traitements antirétroviraux.
Je me porte bien. J’ai eu le soutien moral des autres malades au CTA.
Je sensibilise actuellement à visage découvert.
Le SIDA est une maladie comme toutes les autres.
Donc si vous remarquez que votre état de santé n’est pas bon,
je vous invite à venir faire le test de dépistage. Merci.

私は陽性者です。
私は病気であるとは思わずにテストを受けました。
私には3カ月になる子どもがいました。
自分のステータスを受け入れることが困難だったことがわかるでしょう。
私はアシスタント・ソーシャルに相談をし、やっと受け入れることができました。
しかし、子どもはその3ヶ月後に死んでしまいました。
そして6ヶ月後、私は抗HIV治療を始めました。
私は元気です。そして、CTAの他の患者たちに精神的に支えられています。
私は顔を公表して啓発活動をしています。
エイズは他の病気と同じく、病気の一つです。
だから、もし健康状態があまり良くないと思ったら、
HIV抗体検査を受けることをお勧めします。


◆46歳/女性◆
Je vivais avec mon mari à Port-Gentil.
Il était malade et le résultat d’examen était positif.
Je passais tout mon temps à pleurer à cause des enfants.
J’étais en grossesse de 6 mois,
et la grossesse avait évolué sans problème.
Mon mari est mort en 1998 et le bébé aussi à 6 mois.
J’avais honte de partir à l’hôpital de peur qu’on me découvre avec le SIDA.
Mais en 2002, j’avais fait le concours d’entré à l’école de santé.
Les vacances, la directrice m’avait conseillé d’aller faire
le test de confirmation à Libreville. Le résultat à ce test était avéré positif.
J’étais repartie à l’école et la directrice m’avait dit que
je ne pouvais plus travailler là-bas.
J’étais revenue à Libreville.
Quand j’étais arrivée à Koula-Moutou, tout le monde parlait de moi.
J’étais malheureuse avec les enfants. Je ne voyais que la mort.
Je m’étais rapprochée des hommes de Dieu qui m’avaient soutenue dans la prière.
Je suis arrivée au CTA de Koula-Moutou en 2005.
J’ai rencontrée le docteur qui m’a aidé avec les enfants.
Je prends mes médicaments sans problème et je vis bien.
J’invite les personnes qui ne connaissent pas leur statut
de venir faire un test de dépistage.

私は夫と一緒にポールジャンティ(ガボンの都市)に住んでいました。
彼は病気になり、テストをしたら陽性であることがわかりました。
私は子どものことが心配で、毎日泣いて暮らしました。
その時、私は妊娠6カ月でしたが、出産は問題なくできました。
私の夫は1998年に死亡し、同じく赤ちゃんも6カ月で亡くなりました。
私は、人々からAIDSだと思われるのが恥ずかしくて病院に行けませんでした。
しかし、2002年に私は看護学校の入試を受けました。
夏休み、校長は私にリーブルビル(ガボンの首都)で確認検査を受けるように勧めました。
そして、その結果は陽性でした。
看護学校に戻ると校長はもうここでは働けないと私に言いました。
そして、私はリーブルビルに戻りました。
クラムトゥに着いた時、人々は皆、私の話をしました。
私と子どもたちはとても不幸でした。
私は死ぬことしか思いつきませんでした。
私は聖人のところへ行き、祈ることで支えてもらいました。
2005年にクラムトゥのCTAに通うようになり、
そこで出会ったドクターは私と子どもたちを助けてくれました。
今は薬を問題なく飲んでおり、元気に過ごしています。
まだ自分のステータスを知らない人は、
HIV抗体検査を受けることをお勧めします。


◆43歳/男性◆
Je suis gabonais de 43 ans.
Fonctionnaire de mon état, je suis séropositif.
A me voir, je me porte très bien,
je me ressens aucun mal en moi et je ne présente aucun symptôme.
Vous me demanderez comment j’ai su cela.
J’ai un enfant de mois de 5 ans qui est tout le temps malade
et en lui faisant des examens approfondis, on a découragent qu’il aurait le virus.
Suite à cela, je n’ai pas rejeté mon enfant il était innocent de tout,
j’ai préféré et je me suis engagé volontairement à me faire dépister.
En fin de comptes, je suis moi-même séropositif.
Je n’en suis pas mort, je ne me suis pas suicidé,
j’ai décidé de vivre ma vie comme tout autre personne.
Le SIDA est une maladie comme les autres,
l’essentiel c’est de savoir s’y prendre
c’est-à-dire suivre les conseils des agents du PNLS
et prendre régulièrement ses médicaments.
Je vis avec ma famille en toute quiétude.
Un seul conseil, faites-vous dépister et s’il s’avère que vous êtes séropositif.
C’est pas la fin de monde.
Faites-Vous traiter et vous vivrez longtemps comme tout le monde.
Du courage.

私は43歳のガボン人です。
そして、私のステータスは陽性です。
見てわかるとおり、私は元気です。
どこかが痛かったり、何か症状があるわけでもありません。
どうして私が自分のステータスを知ったか、聞きたいでしょう。
私にはいつも病気を抱えている5歳になる子どもがいます。
そして、精密検査をした際に、陽性であることがわかりました。
その後、私は子どもを拒否することはしませんでした。
彼には何も罪はありませんから。
私は自発的にHIV抗体検査をしようと思いました。
結局のところ、私も陽性でした。
私はHIVでは死にませんし、自殺もしません。
私は他の人たちと同じように生きていくと決めました。
エイズは他の病気と同じ、ひとつの病気です。
大切なことは、HIVに感染していることがわかったら
PNLS(ガボンのHIV対策機関)のカウンセリングを受け、
薬をきちんと飲みましょう。
私は家族と平穏に暮らしています。
カウンセリングを受けて、陽性であるかHIV抗体検査をして調べましょう。
HIVであっても、世界の終わりではありません。
治療をすれば他の人々と同じく長生きすることができます。
勇気を出して。


◆38歳/男性◆
Je suis un jeune homme âgé de 38 ans,
j’ai une femme et 2 enfants âgées de 3 ans et, de 2 mois.
A ce jour ma femme et notre fille de 3 ans sont séropositives;
tandis que moi le père, je suis séronégatifs à ce jour.
Néanmoins, ma femme et mon bébé sont sous traitement
sauf la fillette de 3 ans qui n’a pas encore commencé le traitement
parce que pour le moment ces CD4 sont encore normaux.
En tout cas, mes frères et mes sœurs, faites le possible
pour pouvoir connaître aussitôt votre statut pour votre santé.
Par contre, le jour que j’ai appris que ma femme et ma fillette étaient séropositives,
j’étais vraiment choqué mais après, j’ai mis ma tristesse de côté et,
j’ai pris ma femme et mon enfant à bras ouvert en disant
que la maladie qu’elles portent n’est pas une maladie contagieuse.
Donc, je vis convivialement avec ma femme et mes enfants.

私は38歳の若い男性で妻と、3歳と2カ月の2人の子どもがいます。
そして、妻と3歳の娘はHIVに感染しています。
一方で、父親である私は現時点では陰性です。
とはいっても、妻と赤ちゃんは治療を始めており、
3歳の子どもはCD4の値がまだ正常値のため治療を開始していません。
どんな場合であっても、私の兄弟姉妹たちよ、
なるべく早く自分のステータスを知るために今できることをしましょう。
それは、自分の健康にとってとても重要なことですから。
妻と娘が陽性であると知った日、私はとてもショックでした。
しかし、悲しみが薄れた後は彼女たちを温かく受け入れ、
HIVは(日常生活では)感染しにくい病気だから、と言いました。
だから私は妻や子どもたちと一緒に仲良く暮らしています。

*****

最後の男性の奥さんは二人目の子どもを妊娠した時に
彼女のステータスを知りました。
そして出産まで母子感染予防のための服薬をし、
現在は赤ちゃんにもARVを投与しています。
この子がHIVに感染しているかどうかわかるのは、生後1年半経ってから。
その時、私はもうCTAを去っていると思うけど、
この赤ちゃんにHIVが感染していないことを心から願うばかりです。
2010.12.01 / Top↑
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